「コレクターの眼 ヨーロッパ陶器と世界のガラス」を観て

「コレクターの眼 ヨーロッパ陶磁と世界のガラス」を観る。

野依利之氏と辻清明氏がサントリー美術館に寄贈したコレクションを鑑賞できる。


野依利之氏のコレクションは、17〜18世紀オランダのデルフトウェアを中心にマヨリカ陶器やエミール・ガレにも及ぶ。

ヨーロッパの陶磁器文化を横断的に知る良い機会だった。




辻清明氏のコレクションは、古代ローマから、オリエント・中国・ヨーロッパ、日本のガラスと世界中のガラスコレクションを鑑賞できる。

陶器とはまた違ったガラスの輝きを今もなお保ち続ける逸品の数々に目を奪われた。




これらコレクションを観度に思うのは、蒐集家の飽くなき探究心と高い志だ。

あるテーマに沿って集められた作品は、そのジャンルにおける作品の散逸を防ぎ、歴史的な意味付けがされ資料として貴重なコレクションとなる。

こうした蒐集家によって集められた作品の数々を目にすることができ、実に良い時間を過ごすことができた。

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「N.Sハルシャ展 -チャーミングな旅-」を観て

森美術館「N・S・ハルシャ展:チャーミングな旅」を観る。

1969年南インドのマイスールに生まれ現在も当地で活動しているN・S・ハルシャの個展。



N・S・ハルシャは世界各地で開催される国際展に数多く参加し、作品を発表しています。
その一方で、南インドの伝統文化や自然環境、日々の生活における人間と動植物との関係など、自らを取り巻く「生」と真摯に向き合いながら、独自の立ち位置を確立してきた作家でもあります。 (森美術館HPより) とある。


1980年代以降インドに欧米資本が流入したことで、これまでの伝統的な農業・工業・宗教感といったものが欧米文化に侵食されていく様子を危機感と皮肉を込めて描かれた作品が多い。
しかし、それらの作品が風刺画特有の下衆さがないのは、イメージの繰り返し(作品によっては2000ものキャラクターが登場する)によって描かれる現代の曼荼羅ともいうような作風によるものだからだろうか。

また、縦3.7m×横24mの大作「ふたたび生まれ、ふたたび死ぬ」はインドの死生観を現代風にアレンジしており、その迫力と宇宙観にも通じる世界観に圧倒される。




これらの問題はインドに限った話ではなくアジア諸国(2015年開催の「ディン・Q・レ展 明日の記憶」など)、ひいては日本にもいえる問題なのかなと思う展覧会だった。

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「ティツィアーノとヴェネチア派展」を観て

東京都美術館「ティツィアーノとヴェネツィア派展」を観る。

ボッティチェリを始めとするルネサンス発祥の地であるフィレンツェ絵画は計算された構図と丁寧な描写による理知的な作品が多いのに対して、ヴェネツィア絵画は大胆な構図と豊かな色彩による感情的な作品が多いという。

本展ではそのヴェネツィア絵画の中心人物であるティチアーノの作品と、代表的な作家の作品を鑑賞できる。


昨年から東京都美術館「ボッティチェリ展」国立西洋美術館「カラヴァジョ展」「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」と日伊国交樹立150周年を記念しての展覧会は本展で4回目。

とはいえ、国立新美術館で開催された「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」と同様の趣旨であり、作品こそかぶっていないものの既視感は否めない。

と言ってしまっては元も子もない。


ということで本展の目玉である「フローラ」は、ティチアーノ初期の代表作とされており、女神に扮した娼婦とも花嫁や結婚の寓意とも解釈されている女性像。
丁寧に描かれた肌感と衣装の質感は柔らかく他の作品と比べると出色の出来である。


また日本初公開となる「ダナエ」は、アルゴス王アクリシオスの娘ダナエとオリュンポスの主神ユピテルの交わりを描いた作品で、大胆な構図で官能的な場面を描き出し、陰影を効果的に使い肉感的な肌感を描き出している。


去年から始まった日伊国交樹立150周年記念による展覧会によってルネサンス期の美術を堪能することができた。

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2017年2月雑感

しつこい風邪もようやく治って酒場巡りを再会できるようになり、遅い新年の挨拶周りを始めている。
が、そこへきての花粉症である。

しかし、例年この時季になると目のかゆみやくしゃみ・鼻水で酷いことになるのだが、どういう訳か今年は反応が少ない。

これまで何ともなかった人が発症したという話は他聞に及ぶが、治ったという話はあまり聞かない。
その稀少な例となるのだろうかと淡い期待を寄せている。


さて、今月は美術館巡りよりも映画館巡りがメインとなった。

マイルス・デイビスの空白の5年間をフィクションを交えて映画化した「MILES AHED」 ・ アイヒマンの所在を巡る情報戦を描いた実話「アイヒマンを追え」 ・ 29歳でこの世を去った怪童村山聖を描いた「聖の青春」の三本を観ることができた。
個人的な趣味に偏ってはいるが、それ故に満足感は高い。

また、自宅で観た映画も昨年はヒッチコックやゴダールの映画を月に一本のペースで観ていたが、今年はフェリーニの映画を観る事にした。
その映像美にただただ脱帽。


一方、稽古はこの寒い中でも週2回のペースで続けることができている。

この時季になると「寒いですね」というのが恒例の挨拶になるのだが、寒さも厳しくなり雪が降った日などはもうその言葉すら無い。

意外な事に雪が降った日はそれほど寒くはなく、むしろ雪の降らない日の方が寒く感じたのは、気象条件よりも覚悟の差というところだろうか。


春の兆しを梅に見る2017年の弥生。

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